『嫌われる勇気』書評|自分の責任と、相手への関わり方を考える

仲間が協力して働く明るい中庭で、自分の選んだ道へ穏やかに一歩を踏み出す人のAI生成イラスト 書籍

同僚の反応が気になって、必要な意見を飲み込んでしまう。頼まれた仕事を断れず、気づくと自分の予定が埋まっている。『嫌われる勇気』は、そうした対人関係を、自分が選べることと相手に委ねることから考え直す手がかりになる本です。

ただし、題名の勢いだけで読むと、周囲への配慮をやめればよいという話に見えてしまいます。本文で扱われるのは、他人との境界を引いたうえで、どう援助し、同じ社会の一員として関わるかという問題です。会社員にとっても、自分の仕事を引き受けることと、何でも抱え込むことの違いを考える材料になります。

『嫌われる勇気』はどんな本か

岸見一郎氏と古賀史健氏による、アドラーの思想を題材にした対話篇です。哲人のもとを訪れる青年とのやり取りが、五つの夜に分けて進みます。専門用語を順番に覚える構成ではなく、哲人の強い主張に青年が疑問や反発をぶつける形で、考え方の前提が掘り下げられます。

この形式のよさは、読者も途中で立ち止まれることです。たとえば、他人の課題に踏み込まないという説明を聞けば、家族や仲間を放っておくことになるのでは、と疑問が湧きます。本書は、こうした疑問に対して援助や共同体との関わりを論じます。短い見出しだけで納得するより、問いと応答を続けて読む価値がある一冊です。

問いが身近な場面から始まるため、思想の入門書として読みやすい一方、哲人の言葉は断定的です。青年の反論にうなずきながら、答えにも疑問が残ることがあります。その引っかかりを急いで消さず、自分ならどの条件で受け入れられるかを考えると、読み進める意味が深まります。

四つの場面から考える、本書の価値

応募しない小説家志望の友人を、どう見るか

第一夜には、小説を書いて応募することを先送りしている友人の話が出てきます。哲人は、できない理由を過去や環境だけに求める見方に対し、いまの行動によって何を避けているのかという見方を示します。挑戦した結果がはっきりするのを避け、可能性を残しているのではないか、という問いです。

この場面が役立つのは、自分の先送りを振り返るときでしょう。事情を並べているうちに、実際には何を怖がっているのかが見えなくなることがあります。自分で動かせる部分に目を向けるきっかけになります。

一方で、この見方を使って、他人が動けない理由を決めつけるのは危ういことです。仕事の遅れには、情報や権限の不足など、確かめるべき事情もあります。書評として評価したいのは、自分への問いを増やす力です。周囲の人を、覚悟が足りないと裁く道具にすると、対話の入り口を閉じてしまいます。

子どもの勉強に、親はどう関わるか

第三夜では、子どもの勉強が取り上げられます。哲人が課題を分ける基準として示すのは、その選択の結果を最終的に引き受けるのが誰か、という問いです。親が子どもに代わって学ぶことはできず、望む変化を強制することにも限界があります。

ここで重要なのは、本書が放任を勧めていない点です。相手が何をしているかを知り、見守り、望むときには手を貸せると伝える。境界を引くことと、援助できる距離にいることが、一緒に扱われています。課題の分離も、関係づくりの入り口として置かれています。

会社の仕事は複数人で責任を分担するため、この例をそのまま当てはめることはできません。それでも、相手の判断まで引き受けようとしていないか、自分に必要な支援を出せているかを考える手がかりになります。任せたつもりで状況を知らずにいることと、本人の意思を尊重して見守ることの差が、具体的に見える場面です。

寝たきりの祖父の価値を、成果で測れるか

第四夜では、寝たきりの祖父をめぐる問いを通じて、人の価値を行動の成果だけで捉える見方が揺さぶられます。何かをしてもらえたかだけを見ると、一緒にいることへの喜びや、存在そのものへの感謝が見えにくくなります。

仕事では、目標を達成したか、どれだけ役に立ったかが評価の中心になりがちです。その基準を自分全体に広げると、うまく働けない時期の居場所まで失ったように感じやすくなります。本書には、仕事だけに価値を求める生き方を問い、家庭や友人、趣味との調和を考える議論もあります。

この点は、貢献という言葉を読むうえでも大切です。何かを差し出し続けなければ仲間になれない、と受け取ると、負担が増えてしまいます。本書は他者貢献を自己犠牲とは区別しています。人としての価値を保ったまま、できる関わり方を探すために読みたい箇所です。

バイオリンの一曲に集中する時間をどう捉えるか

第五夜の、いまに向き合うという議論には、バイオリンの一曲に集中する例が出てきます。目の前の楽しさだけを追う姿勢ではなく、そのときの行為に真剣に取り組むことが語られています。

目標を決めること自体よりも、達成するまでの毎日を、まだ始まっていない人生のように扱うことが問われます。昇進や転職を待っている間にも、今日の仕事や人とのやり取りは続いています。その時間を、結果が出るまで価値のない準備期間にしないという視点です。

長い目標ほど、今日の進み方が小さく見えるものです。この場面は、達成したかどうかだけで一日を採点する習慣を見直す助けになります。計画を捨てる必要はなく、計画の途中で何を丁寧に行うかも考えられます。

会社員が読むと、どこに役立つか

特に読む価値があるのは、相手の評価を先回りして疲れてしまう人、任せることと支えることの加減に迷う人、仕事の成果が出ないと自分まで否定したくなる人です。気になる相手を変える方法より、自分がどこに責任を持ち、どのような関係をつくろうとしているのかを考えたいときに向いています。

対話形式なので、哲人の答えにすぐ賛成できなくても読み進められます。青年が引っかかるところを追うと、自分が納得できる条件も見えます。実践のコツだけを拾う読み方より、ある考えをどこまで職場に持ち込めるかを検討する読み方が合っています。

強い言葉を、そのまま人に向けないために

本書の限界は、個人の生き方を問う強い主張が、現実の条件を省いた説明として使われやすいことです。第一夜のトラウマに関する断定は、哲人が提示する哲学的な立場として読む必要があります。本文でも災害や虐待の影響が大きいこと自体は認められています。医療についての一般的な事実や、被害を受けた人の責任を示す説明にはできません。

職場でも、いじめやハラスメント、過大な業務負担を、受け止め方だけの問題に縮めない注意が必要です。これは本稿での適用上の留意点です。課題を分ける考え方を理由に、被害への対応や組織の責任まで切り離すと、必要な改善が止まってしまいます。

また、人として対等に話すことと、職務上の役割や権限が同じであることは分けて考える必要があります。本書にも、職務上の上下関係を認めながら、人として意見を述べる議論があります。現実の職場へ持ち帰る際は、契約や役割分担、相談できる相手も確かめたいところです。

仕事で試すなら、抱えている相談を一つ整理する

ここからは、本書を踏まえた独自の応用案です。相手の反応が気になって進めにくい仕事を一つ選び、事実、自分が決められること、相手の判断、相談したい支援を分けて書いてみます。

たとえば、急ぎの依頼が重なった場面です。自分が準備できるのは、現在の作業量、期限、遅れる可能性、考えられる調整案です。優先順位の決定権が上司にあるなら、判断が必要な条件をそろえて相談します。相手がどう感じるかを完全に管理しようとせず、判断に必要な情報を渡すことに力を使います。

同僚を支援する側なら、どこまで手伝えるかと、次に確認する時点を伝えます。返事がないから全部代わりに行う、任せたから何も見ない、という動き方の前に、本人が望む援助と業務上必要な確認をすり合わせます。援助のあとに感謝や同意を取り立てないことも、振り返る観点になります。

整理しても進まない場合は、自分の心構え以外の条件を確かめます。二人とも判断できない仕事なら、権限を持つ人への相談が必要です。業務量そのものが多いなら、担当範囲や期限の調整が必要でしょう。本書から得た問いを、実際の仕事の条件を調べる行動につなげるのが、この応用案の狙いです。

一日の終わりには、相手に好かれたかだけで成果を判定せず、伝えるべき情報を伝えたか、引き受けた範囲を果たしたかを確かめます。結果が思いどおりでなくても、次に直せる行動が残る振り返りにすると、考え方を日常の仕事につなげやすくなります。

まとめ 境界を引いたあと、どう関わるかを考える

『嫌われる勇気』の魅力は、人の反応に振り回される仕組みを問いながら、他者への援助や貢献まで考えさせるところです。結びでも、自分の行動の方向を考える指針として他者貢献が置かれます。他人の評価や協力がそろうまで待つのではなく、いま自分がどう関われるかを問う流れです。

強い主張に留保を持つことも含めて、自分の責任と相手への関わり方を検討できます。あとがきからも、納得して読み終えるだけでなく、日常で実践することを重視する意図が読み取れます。一つの職場の悩みを思い浮かべ、どこなら行動を変えられるかを考える入り口になるでしょう。

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  • 書名:『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』
  • 著者:岸見一郎・古賀史健
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日:2013年12月12日/紙版:296ページ

書誌情報:ダイヤモンド社公式『嫌われる勇気』

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