勉強する時間を増やしても、仕事の見方があまり変わらない。経験を積んだはずなのに、新しい課題には以前のやり方で答えてしまう。そんなときに考えたいのが、知識の量と、目の前のことから学ぶ力の違いです。
前刀禎明さんの『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』は、日常や仕事を観察し、疑問を持ち、自分の考えを更新するための本です。マーケティングの話を入口にしながら、働き方や人への伝え方まで扱っています。
新しい資格や知識を得ることに加えて、今ある仕事から何を学べるかを考えたい人に、読む価値のある一冊です。
『学び続ける知性』はどんな本か
著者はソニーやディズニーなどで経験を重ね、アップルで日本市場のマーケティングを担った人物です。本書では、製品やサービスを見る視点と、自身の転職・起業を通じた学びを結び付けて語っています。
扱われる話題は、消費者の価値観、データとの付き合い方、イノベーション、働き方、プレゼンと幅広くあります。その根底にあるのは、過去の経験や正解に寄りかかりすぎず、自分で観察して考えるという姿勢です。
知識を増やすだけでは、学びは続かない
学びというと、本を読む、講座を受ける、資格を取るといった行動を思い浮かべがちです。本書が目を向けるのは、そこで得た知識を現実に当てはめるときの自分の姿勢です。
よく知っている分野ほど、見慣れた説明で片付けられてしまうことがあります。専門家として頼られるほど、わからないと言いにくくなることもあります。著者が警戒するのは、知識を持つこと自体より、知識があるために新しい疑問を持たなくなる状態です。
本書で繰り返されるのは、観察し、質問し、試し、人に相談し、得たことを関連付けるという考え方です。学ぶ場所を教室や本の中に限定せず、道具を使う場面や、思うように進まない仕事の中にも広げています。
その出発点を、義務感だけに置かないのが「ワンダーラーニング」の特徴です。気になること、驚いたこと、もう少し知りたくなったことを、考えるきっかけにする。自分の前提をほどく、考えを作る、未知に挑むという流れが、学びを日々の行動につなげます。
具体例から見える、ものの見方の変え方
iPod mini:性能だけでは、選ぶ理由を説明できない
代表的なのが、iPod miniのマーケティングです。容量や技術的な仕様の比較に閉じず、色や服装との組み合わせ、Barneysとの連携などを通じて、身に着ける楽しさを伝えた経験が語られます。駅の広告で実物大のカードを持ち帰れるようにした工夫も、その一つです。
ここから読み取れるのは、製品が何をできるかと、人がそれを欲しくなる理由は同じではないということです。仕様の説明を増やす前に、相手の暮らしの中でどんな意味を持つのかを見る必要があります。
ただし、この事例は著者の経験を通じた説明です。同じ施策を別の製品に移せば成功する、という法則として読むものではありません。
Roomba:製品の価値は、周囲の行動にも現れる
掃除ロボットのRoombaについては、掃除を任せるために床の物を片付けるようになる点に目を向けています。製品が直接行う仕事に加え、使う人の習慣が変わることにも価値があるという見方です。
仕事の道具でも、機能の数や処理速度だけでは説明しきれない効果があります。準備の仕方が変わる、相談のタイミングが早くなる、後片付けが減る。導入後の行動まで観察すると、良さも負担も具体的に見えてきます。
Dispo:早く見られることが、いつも最善とは限らない
本書で紹介される写真アプリDispoは、撮影した写真が翌朝まで見られない仕組みを持っています。すぐに確認できる便利さを減らすことが、待つ楽しみを生む例です。
この話は、不便にすれば価値が上がるという意味ではありません。どんな体験を作りたいかによって、便利さの意味も変わるということです。目的を考えずに機能を増やすことへの問いとして読むと、仕事の改善にもつながります。
ハックシンル:答えを先に教えすぎない
子どもの料理活動であるハックシンルの事例では、すべての正解を先に渡すのではなく、本人が疑問を持って試す余地を残すことが語られます。
教える側にとっては、手順を細かく指定するほうが早く感じられるかもしれません。それでも、考える機会まで代わりに引き受けてしまうと、本人が観察や判断を練習する場が減ります。管理職や指導する立場の人にも、支援の仕方を考える材料になる事例です。
この本の良さと、読みながら留意したいこと
本書の良さは、学びや創造性という抽象的な話を、具体的な製品や仕事の経験に結び付けている点です。著者自身の失敗や苦しさも語られるため、学びを成功者の華やかな場面だけで捉えずに読めます。
企画や営業で相手の選ぶ理由を考えたい人、開発や業務改善で使う場面を見直したい人、部下への答えの渡し方に悩む管理職などに向いています。創造的に考えることを、特定の職種だけの仕事にしていない点も魅力です。
一方で、体系的な学習計画や、順番どおりに実行できる手順を求める人には、物足りなく感じられる部分があります。経験談から考える本なので、自分の職場で何を試すかは読み手が具体化する必要があります。
日本人や日本企業を広く論じる箇所についても、著者の経験からの一般化として距離を置いて読む余地があります。働きがいや情熱を強く求める姿勢を、健康、家族のケア、生活費、仕事の裁量といった条件を無視して、すべての人の基準にすることはできません。
また、企業やサービスの事例は2021年の文脈です。当時の状況や将来への見通しを、そのまま現在の事実として受け取らず、そこに表れている考え方を読むと役立ちます。
仕事で試すなら、日常の違和感を一つ選ぶ
ここからは、本書の考え方を踏まえた仕事への応用案です。大きな改革を始める前に、一つの作業や会議から試すと、学びを行動に結び付けやすくなります。
誰の、どんな変化を作りたいかを書く
目標や施策を考えるとき、数値と並べて「誰の、どんな困りごとを変えたいか」を一文で書きます。たとえば、資料の枚数を減らすことだけを目標にせず、会議に参加する人が判断に必要な情報を迷わず見つけられる状態を考えます。
目的が具体的になると、何を残し、何を変えるかを話し合いやすくなります。
曖昧な言葉を、実際の場面に戻す
会議で「顧客目線」「付加価値」「効率化」といった言葉が出たら、どの場面で、誰が、どう行動できることを指すのかを確かめます。理解しているつもりの言葉を具体化するだけでも、認識の違いに気付けます。
新しい専門語を覚えることに加え、その言葉を使わず説明できるかを試すと、考えの曖昧な部分が見えてきます。
小さく試して、別の立場の人に相談する
毎日の作業で少し面倒に感じることを一つ選び、原因について仮説を立てます。共有資料の置き場所がわかりにくいなら、一つの案件に限定して整理方法を変えてみる。予想と実際の違いを記録し、その資料を使う別の人にも聞いてみます。
最初から正解を当てることより、試した結果によって自分の説明が変わることに意味があります。管理職がチームで取り組むなら、疑問を口にできる場と、試行のための時間を確保することも必要です。
学びの入口は、今ある仕事にもある
『学び続ける知性』は、知識や経験を大切にしながら、それだけで現実を説明しきったつもりにならないための本です。誰かの成功の型を借りる前に、自分が何を見て、何に疑問を持ち、どう確かめるかを考えさせてくれます。
読み終えたあとに一つ試すなら、いつもどおりに進めている仕事の中で、見過ごしていた違和感を探してみる。その小さな問いが、次の学びの入口になります。
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- 書名:学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう
- 著者:前刀禎明
- 出版社:日経BP
- 発行日:2021年6月7日(出版社表記)
- ISBN:9784296109708
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