部下の残業は減ったのに、自分だけは退勤後に承認、資料修正、顧客対応を続けている。管理職に起こりやすいこの状態は、個人の段取りだけで片付けない方が安全です。プレイヤー業務、部下の支援、会議、上位者の承認待ちが重なれば、誰かの仕事を引き取ることで一時的に部下の時間を減らせても、チーム全体の仕事量は減りません。
労働政策研究・研修機構(JILPT)の2022年の管理職ヒアリング調査は、一般社員の残業が短縮されても業務の見直しが進まなければ、管理職の負担が別の形で増す可能性を示しています。これは当時のヒアリングに基づく研究であり、すべての職場の現在の状況を表す数値ではありません。ただし、「管理職が穴を埋め続けるだけでは解決しない」という問題の見方には役立ちます。JILPT「管理職ヒアリング調査結果」
この記事では、部下への依頼の伝え方やチーム内の再配分そのものではなく、管理職本人が担う仕事を実測し、上位者と仕事の範囲を交渉する方法を扱います。業務を任せる具体的な設計は部下に仕事を任せる手順、チーム内の偏りの点検は業務分担の偏りを直す方法を参照してください。
「忙しい」を時間と発生源に分ける
最初の一週間は改善案を急がず、実際に使った時間を粗く記録します。15分単位で十分です。予定表に入っている会議だけでなく、会議後の議事録・確認、チャット対応、差し戻し、待機、退勤後の作業も残します。「部下のため」「自分しかできない」と感じる仕事ほど、分類せずに残すと消えやすいためです。
| 記録する項目 | 見るポイント | 記入例 |
|---|---|---|
| 仕事のまとまり | 成果物または判断単位で書く | 顧客向け障害報告の最終確認 |
| 時間と頻度 | 開始・終了、週に何度起きるか | 45分、週3回 |
| 発生源 | 顧客、上司、会議、部下支援、定常運用など | 役員会からの追加資料依頼 |
| 自分で行う理由 | 権限、専門性、慣習、単なる不安を区別する | 決裁権がないため上司確認が必須 |
| 止まる条件 | 承認待ち、情報不足、他部署待ちを残す | 法務回答待ちで翌日へ持ち越し |
ここで重要なのは、時間の合計を「管理能力の不足」の証拠にしないことです。時間は、仕事の量と制約を上司と同じ画面で見るための材料です。細かな工数見積もりの精度を競うより、「毎週繰り返す」「締切直前に必ず発生する」「承認待ちで夜に集中する」といった型をつかみます。
架空例:週50時間を、減らせる仕事と決める仕事へ分ける
たとえば、6人のチームを率いるBさんの一週間を、通常の勤務時間40時間に対して実働50時間として整理します。内訳は、顧客案件の実作業14時間、定例会議と会議後処理10時間、部下の相談・レビュー9時間、承認待ちの追跡と上司向け資料7時間、障害時の部下業務の巻き取り6時間、採用・評価など4時間です。合計は50時間で、10時間が所定時間を超えています。
Bさんが「会議を減らす」とだけ決めても、顧客案件と巻き取りが残れば時間は戻りにくいでしょう。反対に、巻き取った6時間をそのまま部下へ戻せば、部下の残業が増えたり、育成のない丸投げになったりします。Bさんは各項目を、やめる・減らす・任せる・組織へ上げる、の四つに仮置きします。
- やめる:結論の出ない週次報告資料を、数値の自動共有と例外だけの記載に変え、作成・確認を週1時間減らせないか検討する。
- 減らす:参加目的が説明だけの会議は資料共有にし、出席を7時間から5時間へ見直す。会議を減らす前に、決める問いと決定者を確認すると整理しやすくなります。結論が出ない会議を進める方法も参考になります。
- 任せる:実作業14時間のうち、定型的な一次集計2時間を、手順・品質基準・確認時点を合意した上で担当者へ移す。ただし、受け手の既存業務を同じ2時間以上減らせるかを先に確認する。
- 組織へ上げる:上司承認が遅れて夜の修正を生む7時間、障害時に毎回管理職が実務を代行する6時間は、Bさん一人の裁量では解けない。承認期限、代理承認者、一次対応の役割、人員の優先配分を上位者に決めてもらう論点にする。
この例で仮に、資料を1時間、会議を2時間、実作業を2時間減らせても、週45時間です。さらに5時間を「任せれば解決」と扱わないことが大切です。承認設計や案件の優先順位を変えなければ、削った時間に別の緊急対応が入り得ます。数字は削減を保証する予測ではなく、どの判断が誰の権限にあるかを示すためのものです。
部下の過負荷へ移し替えないための確認
管理職が仕事を手放すとき、受け手の成長機会になる場合もあります。しかし、「管理職の残業を減らす」だけを目的に、急ぎの仕事や判断責任を部下へ移すと、残業の場所が変わるだけです。依頼前に、受け手の今週の締切、作業時間、経験、支援できる人、断れる余地を確認します。引き受ける本人が同意しにくい関係でもあるため、個別の善意だけで調整せず、チーム全体の負荷を見ます。
任せる仕事には、完成形、判断してよい範囲、相談してほしい条件、途中確認の日をセットにします。失敗の責任だけを下へ移さず、最終判断が管理職に残るなら、そのレビュー時間もBさんの棚卸しに計上します。相談や異論が早く出る環境づくりには、心理的安全性を高める管理職の実践例も役立ちます。
上司には「忙しい」ではなく、選ぶ仕事を相談する
自分で減らせない仕事が見えたら、繁忙の報告ではなく優先順位と権限の相談に変えます。上司が判断できる形にするには、棚卸しを一枚に絞り、「今週完了する仕事」「遅らせる・止める候補」「自分だけでは決められない障害」「必要な判断期限」を並べます。部下の勤務時間を守るために管理職が吸収している仕事も、感情的な訴えではなく、量と影響で説明します。
今週は、顧客案件、障害対応、役員会資料の三つを同じ品質と期限で進めると、私の実働が約50時間になる見込みです。顧客案件を守るなら、役員会資料は要点版にして翌週に詳細化する、または障害の一次対応者を追加する判断が必要です。どちらを優先するか、木曜までに決めていただけますか。私の裁量で止めてよい仕事の範囲も確認したいです。
この相談の目的は、上司に「助けてください」と頼むことだけではありません。成果の範囲、品質、期限、人員のどれを変えるかを決めることです。上司が「全部やって」と返す場合も、追加で「その場合、何を後ろ倒しにするか」「判断待ちが続くときの代理決裁者は誰か」「この優先順位を関係部署へ共有してよいか」を確認します。口頭で決まった内容は短く記録して、関係者と認識をそろえましょう。
相談を急いだ方がよい状態と支援窓口の境界
睡眠、体調、気分の落ち込み、安全に影響が出ている、長時間の勤務が続き自分で調整できない、上司へ伝えても状況が変わらない、といった場合は、一人で棚卸しを完成させることを優先しないでください。会社の人事・労務、産業保健スタッフ、社内相談窓口など、利用可能な窓口に早めに相談し、勤務実態とこれまでの相談内容を共有します。緊急性や相談先は職場の制度・体調によって異なります。
本記事は個別の法的判断や、役職名だけからの労働時間・賃金の扱いを判断するものではありません。「管理職」「管理監督者」と呼ばれていても、実際の扱いは職務、権限、就業規則などで異なり得ます。賃金や労働時間の扱いに疑問があるときは、就業規則や会社の窓口を確認し、必要に応じて公的な労働相談窓口など専門の相談先を利用してください。
残業を減らす目標を、仕事を選べる状態へ変える
管理職の残業だけが減らないときは、個人の努力を増やす前に、本人の実作業、会議、承認待ち、部下業務の巻き取りを同じ表に置きます。その上で、やめる・減らす・任せる・組織へ上げるを分け、上司に優先順位と権限の判断を求めます。厚生労働省の働き方・休み方改善ポータルも、管理職だけに任せず、組織として業務を見直し、上位の権限者が関与する重要性を紹介しています。厚生労働省「管理職も含めた働き方改革」
時間を空けることは、手を抜くことではありません。顧客対応、育成、判断に必要な余力を残し、特定の人の夜間作業を前提にしない仕事の設計へ近づくための手順です。まずは一週間だけ、退勤後に残った仕事も含めて記録し、次の上司との面談で「何をやめるか」を一つ決めるところから始めてください。

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