同じ仕事を任せても、達成感を得る人もいれば、あまり手応えを感じない人もいます。昇進を目指す人、専門性を深めたい人、顧客への貢献を重視する人、安定した働き方を大切にする人など、仕事で重視するものは一人ひとり異なるからです。
上司が自分の価値観を基準にすると、本人に合わない励まし方や仕事の任せ方を選びかねません。一方で、本人の希望を一度聞いただけで「この人はこのタイプ」と固定するのも危険です。
この記事では、平常時の1on1で部下のモチベーションの源泉を理解するための質問と、聞いた内容を仕事の任せ方、裁量、支援、フィードバックへ反映する手順を解説します。
結論:モチベーションは上司が押すスイッチではない
上司が部下の気持ちを直接操作することはできません。できるのは、本人が仕事で大切にしていることを対話と観察から理解し、力を発揮しやすい条件を一緒に整えることです。
基本の流れは次のとおりです。
- 平常時の1on1で、手応えを感じた経験と大切にしたい条件を聞く
- 本人の言葉と上司が観察した事実を分けて記録する
- モチベーションの源泉を一つに決めず、複数の仮説を持つ
- 仕事、裁量、支援、フィードバックのどれか一つへ反映する
- 1〜3か月後に本人と振り返り、仮説を更新する
「成長したいと言っていたから難しい仕事を増やす」のように、回答をそのまま施策へ結びつけないことが重要です。どの程度の挑戦を望むのか、どのような支援が必要かまで確認します。
仕事で大切にする価値観は人によって異なる
厚生労働省の職業情報提供サイトjob tagには、仕事を選ぶうえで重視する価値観を確認する「仕事価値観検査」があります。また、労働政策研究・研修機構が開発した検査では、仕事の価値観を次の11領域に整理しています。
- 達成感
- 自己成長
- 専門性
- 社会への貢献
- 自律性
- ワークライフバランス
- 安定性
- 人間関係
- 安全・健康
- 報酬
- 評価・地位
この分類は、部下を11種類の性格へ当てはめるためのものではありません。本人が今の仕事で何を大切にしているかを尋ねる際に、上司の思い込みを減らすための観点として使います。
価値観には優先順位があります。さらに、担当業務、生活環境、経験、キャリア段階によって変わることもあります。一度の回答を永久的な本人像として扱わないでください。
モチベーションの源泉を探る1on1の質問例
質問をすべて順番に尋ねる必要はありません。一つの回答から具体的な場面を掘り下げ、本人がどのような状況で手応えを感じたのかを確認します。
最近、最も手応えを感じた仕事は何ですか
成果の大きさではなく、本人が手応えを感じた場面を聞きます。「なぜそう感じたのか」「どの部分を自分で工夫したのか」まで尋ねると、動機の仮説を立てやすくなります。
たとえば、同じプロジェクトでも次のように理由は異なります。
- 難しい目標を達成できた
- 新しい知識を使えた
- 顧客から感謝された
- 自分で進め方を決められた
- チームで協力できた
- 経営層から評価された
「大きな案件が好き」と決めつけず、本人にとって何が意味を持ったのかを確認してください。
時間を忘れて取り組めた仕事はありますか
自然に集中できた仕事には、本人の関心や得意な思考が表れます。作業名だけでなく、考える、調べる、説明する、調整する、作るなど、どの行動に集中したのかを聞きます。
ただし、長時間働ける仕事を探す質問ではありません。本人が集中しやすい条件を理解し、無理のない範囲で活用するための質問です。
誰かの役に立てたと感じた場面はありますか
顧客、チーム、後輩、他部署など、貢献を実感する相手は人によって異なります。本人が仕事の価値を誰のどのような変化から感じるのかを確認します。
顧客の反応が見えにくい仕事であれば、利用者の声や成果へのつながりを共有することが有効かもしれません。
今後、増やしたい仕事と減らしたい仕事は何ですか
増やしたい仕事だけでなく、減らしたい仕事も聞きます。単なる好き嫌いではなく、次の理由を確認します。
- 強みを生かせる、または生かせない
- 成長につながる、または学びが少ない
- 目的が明確、または曖昧
- 適切な裁量がある、または細かく管理される
- 業務量や期限が現実的、または負荷が高すぎる
減らしたい仕事をすぐ外すと約束する必要はありません。役割上必要なら、負担を下げる方法、意味の伝え方、支援の追加を検討します。
自分で決めたいことと、相談したいことは何ですか
自律性を重視する人でも、すべてを一人で決めたいとは限りません。本人が決めたい範囲と、上司から判断基準やレビューを得たい範囲を分けます。
次の項目ごとに確認すると具体化できます。
- 目標と完成条件
- 進め方と作業順序
- 関係者との調整
- 中間報告の頻度
- リスク発生時の判断
- 最終承認
任せ方の設計は、部下に仕事を任せる7つの手順でも詳しく解説しています。
どのようなフィードバックが役立ちますか
結果を認められることを重視する人もいれば、改善点を早く知りたい人、考え方を一緒に整理したい人もいます。人前での称賛を喜ぶ人も、負担に感じる人もいます。
確認したいのは次の四点です。
- 結果と過程のどちらを見てほしいか
- どの程度の頻度がよいか
- 口頭と文章のどちらが受け取りやすいか
- 個別と人前のどちらがよいか
本人の希望だけでなく、業務上必要なフィードバックもあるため、双方が続けられる方法を合意します。
半年後、どのような経験が増えているとうれしいですか
役職や資格だけでなく、経験したい課題、関わりたい相手、身につけたい判断力を聞きます。遠い将来のキャリア像を答えにくい人にも、半年程度なら具体化しやすくなります。
回答が曖昧なら、「顧客対応」「企画」「チーム運営」「専門知識」などの選択肢を示し、興味の有無を確認します。答えを誘導せず、考える材料として提示してください。
今の働き方で守りたい条件は何ですか
成長や成果だけでなく、健康、安全、生活との両立、雇用の安定なども仕事の重要な価値観です。上司が「挑戦を望んでいる」と判断しても、本人が今は安定を優先する時期かもしれません。
個人的な事情を詳しく説明させる必要はありません。業務設計に必要な条件と、社内制度や専門窓口へ相談すべき事項を分けます。
上司である私の関わり方で変えてほしいことはありますか
部下の動機を探るだけではなく、上司の行動が力を発揮しにくくしていないか確認します。
答えにくそうなら、次の選択肢を示します。
- 相談できる時間を増やす
- 確認頻度を減らす、または増やす
- 期待する成果を具体的にする
- 意思決定の背景を共有する
- 他部署との調整を支援する
- フィードバックを早くする
改善要望を聞いたときは、すぐに反論せず、具体的な場面と望む状態を確認します。
本人の言葉と上司の仮説を分けて記録する
面談後は、本人の発言を上司の解釈へ置き換えないようにします。
| 区分 | 記録例 |
|---|---|
| 本人の言葉 | 顧客から反応が返ってくる仕事に手応えを感じる |
| 上司が観察した事実 | 顧客同席の会議では事前準備と提案が増える |
| 現時点の仮説 | 顧客への貢献実感が動機の一つかもしれない |
| 試すこと | 月1回、顧客レビューへ参加してもらう |
| 確認日 | 次回の月次1on1 |
「本人は承認欲求が強い」のような人格評価は避けます。仮説には「かもしれない」と余白を残し、試した後の本人の感想と行動から更新します。
聞いた内容を仕事へ反映する4つの方法
任せる仕事を少し調整する
本人の価値観に合う仕事だけを渡すのではなく、現在の役割の中で接点を増やします。
| 本人が重視すること | 反映例 |
|---|---|
| 達成感 | 完成条件と中間到達点を明確にする |
| 成長・専門性 | 少し難しい課題とレビュー機会をセットにする |
| 貢献 | 利用者の反応や成果へのつながりを共有する |
| 自律性 | 本人が決められる範囲を明確にする |
| 人間関係 | 協働相手と役割分担を整理する |
| 安定・両立 | 優先順位と予定変更のルールを明確にする |
| 評価・報酬 | 評価基準と期待水準を具体的に説明する |
チーム全員の希望を完全に満たすことはできません。公平性は全員へ同じ仕事を配ることではなく、役割、能力、育成課題、負荷を説明できる状態にすることです。
裁量と相談の境界を合わせる
自律性を重視する本人には裁量を広げ、上司は結果だけ確認すればよい、とは限りません。経験が少ない仕事では、裁量と支援を同時に設計します。
進め方と関係者への確認順は任せます。予算変更と納期変更が必要な場合は、決める前に相談してください。来週火曜に10分だけ途中経過を確認しましょう。
このように、本人が決める範囲、相談条件、確認日を言葉にします。
支援の方法を本人と選ぶ
同じ挑戦でも、必要な支援は異なります。
- 最初の一回を一緒に行う
- 手本となる成果物を共有する
- 経験者へ相談できるようにする
- 途中のレビュー日を設定する
- 必要な研修や資料を案内する
- 他部署との調整を上司が引き受ける
「成長したいなら一人でやるべき」と考えず、本人が成功確率を高められる支援を選びます。
フィードバックの内容と伝え方を変える
本人が大切にすることと、再現してほしい行動を結びつけます。
顧客の質問を会議後に整理し、翌日までに回答したことで、先方が次の判断へ進めました。顧客への貢献を大切にしている強みが、具体的な成果につながっていました。
抽象的な称賛ではなく、行動、生まれた価値、今後も続けてほしいことを伝えます。
1〜3か月ごとに仮説を見直す
価値観を聞いて施策を一度実行しただけでは、本人に合っていたか分かりません。次回以降の1on1で確認します。
- 試した仕事で手応えを感じたか
- 裁量は広すぎなかったか、狭すぎなかったか
- 支援の量とタイミングは適切だったか
- フィードバックは役立ったか
- 今後、増やしたいことと減らしたいことは変わったか
仕事や生活の状況が変われば、優先する価値観も変わります。過去の面談メモより、現在の本人の言葉を優先してください。
「モチベーションの問題」にしてはいけないケース
次の状況は、本人の価値観に合う仕事を渡すだけでは解決できません。
- 過重労働や現実的でない納期が続いている
- 必要な情報、権限、人員が不足している
- ハラスメントや差別、重大な人間関係の問題がある
- 心身の不調や安全上の懸念がある
- 評価制度や役割分担に構造的な問題がある
厚生労働省の「こころの耳」は、管理職に対し、普段と違う部下の変化へ気づき、話を聴き、必要に応じて産業医や保健師などへつなぐことを案内しています。
体調やハラスメントの相談が出た場合、通常の1on1だけで解決しようとせず、社内規程に沿って人事、相談窓口、産業保健スタッフなどへ連携します。上司が診断や事実認定を行わないことも重要です。
すでに発言や仕事ぶりの変化が見られる場合は、部下のモチベーションが下がったときの1on1で使える質問を参考に、平常時との違いと原因を確認してください。対応策全体は、部下のモチベーションを上げる9つの方法で解説しています。
まとめ
部下のモチベーションの源泉は、上司が一方的に見つけて操作するスイッチではありません。平常時の1on1で、手応えを感じた経験、大切にしたい条件、望む裁量や支援を聞き、本人の言葉と観察事実から仮説を作ります。
まずは次の1on1で「最近、最も手応えを感じた仕事は何ですか。その仕事のどの部分が良かったですか」と尋ねてみてください。回答を一つの仕事、裁量、支援、フィードバックへ反映し、1〜3か月後に本人と見直します。



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